ヒトだけが眠るわけではありません。現在、睡眠は、ヒトからショウジョウバエまで、動物界で普遍的にみられる行動として認識されはじめています。私達は、動物のみせる眠りの多様性に興味を持っています。例えば、同じ哺乳類でも、ロバは4時間、アルマジロは20時間、私達 “ヒト” は8時間、眠ると言われています。それでは本当にアルマジロは20時間の睡眠を必要としているのでしょうか?それとも、彼らは他にするべきことが無く寝ているだけなのでしょうか? この問いに答える難しさの1つとして、睡眠の機能がまだ明らかになっていないことが挙げられます。また上述の動物(ヒトを除く)の睡眠時間は、餌や繁殖相手を探したり、捕食者から身を守ったりする必要の無い、飼育環境下(動物園や実験室)で計測されていることも挙げられます。つまり “必要な睡眠” というよりも、“どれだけ眠れるか” といったデータを扱っている可能性が高いわけです。私達は、この後者の問題点に注目し、野生動物が実際にみせる(必要とする)“眠り” の型について研究しています。
研究の舞台は、世界遺産で有名な “屋久島” の真っ暗な夜の森です。野生のニホンザルを観察していると、夜中に、彼らがたびたび目を覚ましていることがわかります。また、彼らの睡眠の特徴として、飼育されている個体に比べて一夜の睡眠時間が短く、その変異の幅が大きいことが挙げられます(下の写真のように、寝相もいろいろです。左:木の上でまとまって、中:木の上でだらっとひとり、右:夏の暑さで仰向けに)。
ここでは、その要因となっている幾つかの研究を紹介します。1つ目が、一緒に眠る相手との親密さです。野生のニホンザルは、数個体がまとまってダンゴのようになって眠ります。親子や姉妹といった日中でも親密な関係にある個体どうしで一緒に眠っているサルは、そうでない(それほど仲の良くない)個体どうしで眠っているサルに比べて、長く眠っています。また後者のダンゴでは、誰かが目を覚ますと、それにつられて他の個体もすぐに目覚めてしまいます。つまり、睡眠の状態が浅いのです。これまでヒトにおいて、添い寝(ベッドなどを一緒にする)相手との親しさが、睡眠の深さや長さに影響を与えることが知られていましたが、同じようなことがニホンザルにおいてもみられるのです。2つ目は、シカの来襲です。来襲といっても、シカはサルを襲うわけではありません。彼らの目当てはサルのする糞です。実は、屋久島の森でサルの糞がシカにとっての “ごちそう” であることは、知る人ぞ知るトリビアです。そしてシカは、用を足しているサルのところに、“ごちそう” めがけて夜な夜なやってくるのです。眠りこんでいたサルにとってみれば、長い角で “つんつん” されてはたまったものではありません。これまで勇気ある個体(?)の反撃を数回、観察していますが、だいたいはサルが眠る場所を移動させられています。3つ目は...4つ目は...以上のように野生動物の “眠り” は、彼らの生息する社会や生態的な要求によって形づくられていることが伺えます。
現在は、研究の対象とする種を広げたりしながら、野生動物の睡眠と、彼らの生態・社会との関係に注目して研究を続けています。今後、それらのデータをもとに、彼らの睡眠の多様性がどのようにドライブされてきたかを明らかにしていきたいと思います。
以上の研究の一部は、京都大学野生動物研究センター及び京都大学霊長類研究所の共同利用研究として行われました。