お腹の窓をのぞいて(警告色の多様性について)

動物のすむ世界は様々な色で彩られています。なかでも鮮やかな色彩は、その目立ちやすさから人の目にとまり、興味を引きつけるものです。私は、このような鮮やかな動物の体色の多様性について、研究を行ってきました。

 研究対象は、イモリ(Cynops )です。彼らの赤色と黒色の腹模様(写真)は、自分のまずさや有毒性(テトロドトキシン=フグ毒)を捕食者に警告するためのものです。こうした警告色をもつ動物は、捕食者に以前経験したまずい餌と同じように自分がまずいものであることを認識させる必要があります。なぜなら捕食者は、以前経験した餌の体色を手掛りにまずさを学習し、類似した餌への攻撃を回避するからです。結果として警告色は、捕食者の経験と学習を通して、互いに似通う方向に進化すると期待されます。しかし現実には、種間だけでなく、種内においてさえも警告色の多様性が維持されています。警告色の多様性が抱えるこのパラドクスは、長い歴史と伝統のある動物の体色の研究における未解決のテーマの一つです。

 

 私は、日本各地のイモリの腹模様(上写真:A, B, C, D, E)や腹を見せる行動(上写真:F, G, H)の変異を解析しました。またイモリの生息環境における捕食動物相や餌動物相についても調査しました。捕食動物相の調査では、右写真のようなイモリ型粘土モデルが非常に役に立ちます。まずイモリ型の粘土モデルを大量に作り、野外に配置します。数日後に回収したモデルに残った捕食痕(鳥や哺乳類がイモリと間違って噛みついた痕)から、各地域の捕食圧(捕食動物相)を推定します。その結果、イモリの腹模様と生息環境の捕食動物相や餌動物量との間に強い相関がみられることがわかりました。例えば、色を識別する能力の高い鳥類捕食者の多い場所では、イモリの腹の警告色は目立ち易く(上写真: A)、彼らは捕食者に積極的にその腹を見せます。一方で、色の識別能力の低い哺乳類捕食者からの捕食圧をうけているイモリは、上写真(E)のような目立たない警告色しかもっていません。そのかわり、哺乳類捕食者に対して有効な毒性(TTX)を高めるように進化してきたと考えられています。これらの研究は、警告色の多様性が局所的捕食圧の違いにより維持されるという適応進化論的仮説の妥当性を、野外データに基づいて初めて検証したものです。以上の研究における生理学的解析は、麻布大学の松井先生(カロテノイド解析)と長崎大学の荒川先生(毒性分析)にお手伝いいただきました。

 

 

 最近は、このような適応進化論的解釈に加え、ヒューマンインパクトや中立進化をキーワードに、イモリの警告色多様性メカニズムについて多面的な理解を試みています。

 

 

 以上の研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(11J03890、22870015、05J02261)及び笹川科学研究助成(学術研究部門)のもと行われました。

 

 

持田浩治

 

長崎総合科学大学

総合情報学部

生命環境工学コース

准教授 

〒851-0193

長崎市網場町536

 

京都大学

野生動物研究センター

特任准教授

〒606-8203

京都市左京区田中関田町

2-24 関田南研究棟

 

 

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