琉球の森でひっそりと生きるサンゴヘビ

【サンゴヘビ(Micrurus, Micruroides):サンゴ礁の広がる南洋にいるウミヘビ、ではなく、サンゴを連想させる鮮やかな体色をもつ、新大陸に生息するヘビ】

サンゴヘビは、警告色(aposematism)や擬態(mimicry)現象を説明するテキストには必ずと言っていいほど登場するヘビのなかまです。特徴は、赤、黄、白、黒色をベースにした横縞(バンド)模様で、どこから見ても危険な気配を感じさせます(詳しくは、森&長谷川 1999 サンゴヘビ擬態をめぐって)。じつは、日本の琉球列島にも、MicrurusMicruroidesのように、赤、橙、白、黒色の縞模様を持ち、非常に強力な毒を持つヘビのグループ(アジアサンゴヘビ: Sinomicrurus)が生息しています。奄美諸島のヒャン(Sinomicrurus japonicus japonicus)、沖縄諸島のハイ(S. j. boettgeri)、八重山諸島のイワサキワモンベニヘビ(S. macclellandi iwasakii)。日本国内では珍しく、鮮やかな体色をもつ中型動物ではあるのですが、なかなか目にすることがなく、その存在感は薄く(悲)。運が良ければ、夜のドライブで見かけることもあります(写真はKさんの撮影)。ただ、昼間も薄暗い林床で活動しているところを見かけるので、夜行性というわけではなさそうです。琉球の森にひっそりと生きている、綺麗なヘビというのが、私の印象です。これまでアジアサンゴヘビの体色は、なんとなく新大陸のサンゴヘビの体色と同様に警告色としての機能をもっていると考えられてきました。しかし、特にヒャンやハイの体色は、直感的に警告色っぽくない気がします。1つに、このヘビは有毒ではありますが、口径が小さく、警告色による防衛が有効な捕食者(色の弁別能力に優れ、ヘビを餌とする鳥類)に噛みつけるのかが疑問です。捕食者に危険(不利益)をもたらさないのであれば、その体色がどんなに目立つものであっても警告色として機能しているとは言えません。2つ目は、ヒャンやハイは、横縞だけでなく縦縞模様(ストライプ)も発色することです。マストではないですが。ヘビの縦縞模様が警告色として機能する例は少ないです(例えば、シマヘビの縦縞模様)。また、野外でヒャンやハイに出くわすと、下図の写真のような姿勢をよくとります。この体をくねらした姿勢は、白黒の横縞により、ヘビ独特の細長い輪郭を隠蔽しているようにみえます(分断効果と呼ばれる隠蔽的機能の1つで、あえて目立つ警告的機能とは異なるもの)。西原の研究室でそんなことを考えていた時に、ちょうど,台湾からヘビの生態研究をしたいというZさんが留学してきました。そこで、研究室の戸田先生とZさんと3名で、アジアサンゴヘビ、特にハイの体色の機能について研究することにしました。

まずは、イモリの研究でも活躍したクレイモデル実験を行うことにしました。Zさんには、ハイ型のヘビモデルと、鳥によく襲われることのわかっているアオヘビ(美味しい餌)型のクレイモデルを作成してもらいました。嬉しいことに、Zさんは、これまでクレイモデル実験に参加した学生の中で、ピカイチに手先が器用だったので、非常に精度の良いクレイモデル実験ができました。この実験の作業仮説は、もしハイの体色が警告色として機能しているのであれば、美味しい餌であるアオヘビモデルに比べ、ハイモデルは、鳥類捕食者に襲われにくいというものです。結果は、どちらのヘビも同程度に鳥に襲われたので、仮説は棄却されました。次に、ハイの体色が、捕食者にとって目立つ色なのかをテストすることにしました。警告色を持つ動物は,捕食者が襲う前に、自分が危険なものであることを伝える必要があります。そのため、警告色は、捕食者にとって検出・識別しやすい体色が好まれるからです。ここでは、ハイと同所的に生息する無毒なヘビ(アオヘビとアカマタ)と、有毒だが隠蔽的な待ち伏戦略をするヒメハブの体色を比較対象としました。ここでの作業仮説は、もしハイの体色が警告色として機能しているのであれば、他の3種のヘビに比べ、鳥類捕食者にとって検出・識別しやすい目立つ体色をしているというものです。鳥の色覚モデルを構築し、4種のヘビの体色と生息環境を構成する背景物(赤土,落ち葉,草本)とのコントラストを解析したところ、ハイの体色は、他の3種と比べて、生息環境に対して、特別、目立つわけではないことがわかりました。特に、亜熱帯の琉球列島のスダジイ林の落ち葉や赤土に対しては、非常に隠蔽的であることがわかりました(上図を参照)。以上の2つの実験結果をもって、私たちは、少なくともハイは警告色を発色していない、と結論づけました。その後、Kさんらによって、奄美諸島と沖縄諸島の島々に分布するアジアサンゴヘビ(ヒャンやハイ)の体色の集団間変異について研究が行われました(Kaito et al. 2017 JZSER)。しかし、ハイの体色には分断効果があるのか?縦縞模様のないイワサキワモンベニヘビの体色も警告的効果はないのか?など疑問は尽きません。もし興味を持った方がいれば、一緒に研究を続けてみませんか?2019年、コスタリカに新世界のサンゴヘビをみにいく機会に恵まれました。こっちも研究したいですね。

 

 

 以上の研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(11J03890、22870015)のもと行われました。

 

持田浩治

 

長崎総合科学大学

総合情報学部

生命環境工学コース

准教授 

〒851-0193

長崎市網場町536

 

京都大学

野生動物研究センター

特任准教授

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京都市左京区田中関田町

2-24 関田南研究棟

 

 

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